フランスが生んだ新進気鋭監督ラジ・リによる世界待望の最新作『バティモン5 望まれざる者』。フランスの移民問題を描いた本作にちなみ、日本国内におけるクルド人移民をテーマにした映画『マイスモールランド』を手掛けた川和田恵真監督が上映前トークイベントに登壇。映画の魅力や日仏の移民問題について語る特別試写会を開催した。
前作『レ・ミゼラブル』ではパリ郊外の団地を舞台に警官と移民の衝突を描き、本作でも同じく<団地>を舞台に、彼らを排除しようとする行政とそれに反発する住民たちの姿を描いているラ・ジリ監督。川和田監督はもともと、ラ・ジリ監督作品のファンだったそうで「『レ・ミゼラブル』を観た時に衝撃を受けました。監督自身も団地で育ってきて、仲間内でドキュメンタリーを撮り始めたそうですが、ドキュメンタリー的な淡々としたものではなく、脚本の強い劇映画としてスリリングで迫ってくるものでありながら、メッセージ性の強いものを撮ってらっしゃるなと感じ、私自身が目指したいところの完成された形にいる監督だなと思って『バティモン5』も楽しみにしていました」と語る。
今回の新作『バティモン5』について、川和田監督は『マイスモールランド』の仕上げで、2ヵ月ほどパリに滞在したことを明かし「最初はキレイな部分しか目に入らなかったんですが、路上生活者も日本と同じかそれ以上にいる街ですし、チームから近づかないほうがいい場所を指定されたりもして、想像していたパリと違うものがあることは感じていました。とはいえ、映画の仕上げに行っていたので、そういう部分に関わることはあまりなくて、今回、この映画を観て、もっと想像力を持つことができたところがありました。いろいろな立場の人が出てきますが、『この人たちは完全な悪人なんだろうか?』と感じるような……、誰も悪で動いているわけではないように見えて、でも、のっぴきならないような状況があり、他の人の平和や暮らしを脅かすような行動をとってしまう――権力の上にいる人も下にいる人もどちらもそういう一面を持っているというのを感じました。ご覧いただく時に『自分はどの視点でいられるのか?』と考えつつ、違う視点からはこういうものが見えるんだということを感じてもらえる作品になっていると思います」と感想を口にする。
日本の移民の問題と共通する部分があるようで、本作でも、小さな部屋に定員を超える人数の人々が暮らすような状況が描かれるが、川和田監督は「4人暮らしの部屋に10人で暮らすみたいなことは、私が映画で取材した方の暮らしでもありました。騒音やゴミの捨て方など、小さなことだけど実際に生活していると、徐々に大きなストレスになってしまうようなすれ違いの問題はよくあります。日本で暮らす上で何が必要とされているのか? 日本の側も移民が暮らす土壌がつくれていないので、それを整えた上でどう共生していけるのか? こちらも求めることを伝えつつ、向こうが求めることも聞きながら、共に生きていく相手として考えないといけないんですが、いまは労働力や観光客としては望まれるけど、“生活者”としては望まれないという状況があります。ここで描かれることが、日本でもそう遠くないなと感じました」と語る。
複雑な社会の状況を描きつつ、ドローンなども活用し、劇映画として魅力的に伝えているという点で、川和田監督はラ・ジリ監督の手腕を称賛する。「脚本がうまいですよね。見せ方もうまいし、(登場人物たちの)立ち位置の伝え方もうまいなと思います。最初のシーンから、こういう場所で暮らすと、こういうことが待っているということがうまく示されていて、そこから引き込まれました。自分の映画とは考え方が違って、自分はどちらかというと狭い世界を描いていて、あまり俯瞰の撮影もしない作りになっていますが、それはあくまでも少女が主人公で、彼女が見ている世界で作っているというのが基本としてありました。でも、ラ・ジリ監督は、前作でもこの人が主人公というのをハッキリさせていなくて、そのぶん、俯瞰的な視野があり、観る人がどの視点が自分に近いか?とか立場の違いをよく見てもらえると思います」と自身の映画との違いも踏まえて指摘する。
一方で、問題に対する答えを提示しないという部分に関しては、共通する部分を感じたそうで「いま、実際に目の前にある解決していないことをどう描くべきか、自分の映画でも悩んだところでした。私は観る人に託したいと思って、自分でピリオドは打てなかったし、観てくださった方に、この先どうしたいかを託しましたが、そこは(ラ・ジリ監督と)似た考え方かもしれません」と語る。
日本において、なかなか移民に関する問題が知られないという現実もあるが、映画で描かれる住む場所を突然、奪われる恐怖や不安について、川和田監督は「(映画の中の)権力者側が本当にずるくて、そこは見ていただきたいところですが、こんな行政の都合で人の大事な生活を奪っていいのかという怒りを持ちましたし、これと変わらない形で生活を奪われている人が日本にもいるという部分に興味を持っていただけたら」と訴える。
さらに、川和田監督は、移民の間にも“格差”が生じているという現実にも言及。「映画でも“選ばれし移民”と“選ばれていない移民”が描かれますが、日本でもそれは同じで、ウクライナから来た方にはすぐに避難民として日本で暮らすサポートやビザが出るのに、30年も難民申請を続けている方にはまだ何の保障もなかったりするところがあって、その線引きが何によってなされているのか不透明な状況は、この映画でも見ていただけると思います」と語る。
最後に川和田監督は、これから映画を観る観客に向けて「立場によってこんなに物事の見え方が変わってくるんだなということが、見事に描かれている映画だと思います。どの視点に自分を置けるのか?他の立場の人に対し、どう想像力をもって接することができるだろうか?ということを映画を観終わって考えていただけたらと思います。日本にも似た状況あるので、そちらにも興味持っていただけたらと」と呼びかけ、トークセッションは幕を閉じた。