巨匠マルコ・ベロッキオが、ユダヤ人少年エドガルド・モルターラを教会が連れ去ったという衝撃の実話を映画化。2023年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、ナストロ・ダルジェント賞で作品賞をはじめ7部門を受賞した「エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命」が、4月26日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMA、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、T・ジョイPRINCE品川ほかで全国公開される。青年期のエドガルドを演じたレオナルド・マルテーゼのメッセージ映像、著名人のコメントが到着した。
幼少期に家族のもとから連れ去られ、信仰や人格を変容させられたエドガルド。取り戻そうとする家族と青年になったエドガルドとの確執は、植え付けられた信仰を巡る宗教カルトからの脱会トラブルを想起させる。幸せな家族を引き裂いたものの正体を描いた問題作。
──鈴木エイト(ジャーナリスト・作家)
洗礼という儀式にすぎない行為が幼い子供とその家族の人生を歪ませていく物語。
観る人によっては混乱や怒りを覚えるかもしれません。
さらに残酷なのはその子供が宗教上の駒にされていく様です。
考え方次第で狂気が正義となってしまう現実を思い知らされる作品です。
──惣領冬実(漫画家)
「あなたは神父となり、ローマ教会に人生を捧げるのだ」。時は 1858年。教皇法は「絶対もの」。ヘブライ人、7歳のエドガルド君に対しても。紡がれるのは宗教と世俗的な権力に汚された親の絶念、子供の無垢さ、親子思いの不撓不屈の物語だ。神の掟は母の涙の目前でさえ屈しないものなのか?魅惑的だが、残酷なイタリアを舞台にした夢中にさせる拉致事件。最後のフレームまで胸を膨らませる。
──パントーフランチェスコ(慶應義塾大学病院精神神経科教室、精神科医)
ユダヤ教徒だったナザレのイエスは、ユダヤ教を内部改革しようとしてユダヤ教守旧派の企みで処刑された。その後にイエスの弟子たちが広めたキリスト教は西欧社会の精神的インフラとなり、イエスを殺害したユダヤ人への差別や迫害はさらに激しくなった。この前提を知らないと現在の宗教地図が理解できなくなる。世俗と聖性、心の支えだけど危険。本作では信仰の二面性がこれでもかとばかりに描かれる。際どいテーマだ。正面から挑んだマルコ・ベロッキオの胆力には驚嘆する。
──森達也(映画監督)
ベロッキオはつねに社会に対し異議を唱えてきた監督である。子供が監禁され、母親が狂気へ向かう。いたるところに暴力がある。この世界は病気であり、歴史とは母親の悲しみなのだ。だが母親と違う神を信じるにいたった息子の悲しみを、誰が知ることだろう。
──四方田犬彦(映画誌・比較文学)
ある家族が強引に離ればなれにされ、永遠に引き裂かれてしまう悲劇の物語を丁寧に描きながら、同時に教会権力の衰退とイタリアという国の誕生につながる壮大な歴史をも見せてくる。このミクロとマクロを同時に描く離れ業こそ、ベロッキオ監督作品の醍醐味だ。
──壺屋めり(イタリア美術史研究者)
約150年前の誘拐事件を描く本作は現代にも通じる多くの課題を突きつけている。信仰をめぐる戦争とカルト教団による洗脳は現在も続いているからだ。それに加えて、子どもの人格形成や親子のつながりとは何かという重い問いは見る者を揺さぶるに違いない。
──信田さよ子(原宿カウンセリングセンター顧問・公認心理師)